佳矢乃のキノミキノママ日記

創造するってことを

2017年9月7日



考えさせられたことがあります。



ある表現をしようとする人がいて、

その表現を指導する立場の人がいて、


指導する立場の方の、これまでの経験や方法論で、
それなりの評価を得ることができて、
見た目にもわかりやすい付加価値を得てきたからこそ、

その方にとっては、
その経験や方法論が「うまくやるための全て」になっていたとしたら。

指導する時に、
おそらくその「うまくやるための全て」を弟子に教えたいとなるのは、
至極当然のことだと思うのです。


教わる側も、
その方法で結果を出したいと願うでしょうし、目指すでしょうし、
いろんなことを学んで、
自分の血や肉や骨としていくんだと・・

それは思うのですが・・・、

表現する側の、
「それを表現したい!」という熱や心を、
無視することはないと思うんです。


結果にこだわる余り、

その熱や心を無視してまで、
指導者が成功してきた、その方法論でないとダメだ。

・・なんてことは決して無い。

・・とわたしは思うんです。


それを表現したい!という熱が、
なにより最優先であって欲しいし、最優先であっていい。

結果は後からついてくるもので、
その時、その表現に対しての結果が伴わなくても、

熱や心に従って表現し続けていく積み重ねの中に、
誰かの心を打つものが生まれるかもしれない。

そういう可能性を信じた方が、

表現する側の「表現する喜び」も失われることはない。

・・とわたしは思うのです。



いろんな指導者の方も見てきました。
いろんなタイプの方がいました。
申し訳ないですけど、
中には、
その方の方法論に押し込められそうになって、
わたし自身の表現が失われそうになる危機感を覚えて、
距離を置いた方もいました。

(学んだことも大きかったですよ。それは感謝しています。)


わたしは、今、
銅版画の先生方から、
とても素晴らしい「表現したいという欲を大事にする心」を学んでいます。

決して、
自分の方法論を押し付けたり、
結果を求めたりしません。

最初に沸き起こった
「表現したい!」という熱をなにより大事にして下さる。


まだ立場的に、
「教え子」「指導を仰ぐ側」にしかなれない人がいたとしたら、

先生や指導者の方からどんな言葉をかけられても、

自分の表現したい欲、熱、心を決して無くさないで欲しいな。
と思います。

それを一番大事にして欲しいな、と思います。

周りは好き勝手言いますからね(笑)

気にしないで、
堂々と、
好きなものを好きな表現で、やっていったらいいと思います。

自分をなくしてしまう前に。




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  1. 2017/09/07(木) 08:18:58|
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