佳矢乃のキノミキノママ日記

魂の本質に戻る状態

2017年5月13日


久しぶりに髪をだいぶ切って、さっぱりです。

「こうしよう。」と決めて行ったわけでもなく、
なんとなく、
もうどういう髪型になってもいいなあ〜というユルい感じで、
美容師さんを信頼しているから、もありますが、
「お任せします〜。」と、
鏡の前に座りまして、

以前の私なら、
前髪の長さだったり、横のボリュームだったり割と細かく気になって、
いろいろ口出ししがちだったんですが(嫌なお客ですよねえ)、

なんだか不思議と、
本気でそういうこだわりのようなものがなくなっていて、

鏡の中に移る自分を見ていても、
自分だけど自分じゃないような、
自分というより、なんか、まあ借り物?
という感覚・・、

今はこの体を借りてるだけなんだよね、
と思いながらぼんやり鏡の中の自分を眺めていて、

だからどんな髪型になっても自分は自分だと思えるんだけど、
だけど、だからこそ綺麗にしてあげたいなあ、
粗末に扱いたくないなあ、という感覚もあったり、

全体的に、妙に深い安心感・・といいますか、

言葉ではうまくいえないような、
エゴの感情なんかは、ひとつ遠くにあるような、
今までの体にべったり張り付いたような感情・感覚がなくなっているような、
淡々とした、
でも、とても心地いい時間、
(それはもうここんところ、ずっとそうなんです。)

そんなひと時を過ごしましてね。


美容師Nちゃんはとても気持ちのいい方で、ほがらかで、
何をしゃべっても笑い飛ばしてくれるような人だから、
髪型よりも、お話の方が楽しくてあっという間に時間が過ぎて、

もちろん新しい髪型もとても気に入ったのですが、

「思った通りになったからの喜び」じゃなくて、

「コントロールを一切手放した先に受け取れる当たり前の喜び」とでもいいますか、

「さらっと、当たり前に受け取っている喜び」

つまり、軽い。
浅い、じゃなく、軽い方の感覚。


実はここ近日中に、
割と対極のような状況になっている何人かと接していたこともあって・・、

「こうでないといけない」とか、
「これを達成するには頑張らないといけない」が口癖だったり、
態度がどこか刺々しかったり、
自分の失敗を認めたがらなかったり、すみませんと言えなかったり、
ありがとうも言えなかったり、
日常的に殺伐としている中に埋もれているからか、
初対面の人にも平気で攻撃的な言葉使いをしていたり、
先々の心配をしすぎて準備することに頭がいってるから、
「今」を楽しめていない状態・・、

言い方を変えたら、
すごくすごく「頑張っている」状態。

だけど・・。

そうやって努力できる力っていうのはすごいなあって素直に思えるんですが、
見ていると、どこかしんどそう・・というのは否めず。

いえ、今までの地球の状態ならそっちのエネルギーが現実を動かし、
形にしてこれたのかもしれない。

そして、もちろん、
その方が選んだ生き方だから、
その方の魂が、この人生では我慢を味わおうと選んだことなら、
それはそれでいいんですが、
「努力(=我慢)したい方々」は、
たいてい周りにも同じような努力や我慢を無意識なりに要求したり、
「わたしはこれだけやってるのに。」と思っていたりしますね。(はっきり言うたなー。)

自分の意に介さない対応や反応をされると、
途端にとても攻撃的になったり・・。
自分をどこか「被害者」にし続けていたり・・。
その悶々として、置き場のない「怒り」を周りに撒き散らしていたり・・・。

と率直に言ってしまうとそういう状態。

それをやんわりでも指摘しようもんなら、
猛然と「そんなことない!」と否定して、
絶対的に受け入れようとしない頑なさもあったりね・・・。

えへへ、これ、以前の私なんですけども。笑
それがしんどいから、やめようってなっていったわけなんですけども・・・たはは。


体にまとわりついているエゴ、
その重いエゴ感情に飲み込まれている状態とは、
こういうことだ。

と思います。


で、一方、
今、わたしの髪を切っていくれている美容師Nちゃんはどうだい、
かわいいよ、ほがらかな笑顔、空気、
またNちゃん家族のみなさんのほがらかさ、空気・・
いいよなあ、やっぱ。
やっぱいいよなあ・・ほのぼの〜♡となってるからか、
眠いの眠いの(笑)
あくびも何回も出るくらいリラックスしきって、

完全に任せきっている状態。笑

そう、それが当たり前「で、ある」状態、
当たり前に「受け取れている」状態、

たとえ仮に、
そこに多少嫌なことがあったとしても淡々と動じず、
そうですかー。とスルーできる状態だなあ・・、
と感じながら帰ってきて、

とあるサイトをみたら、
まさに自分が今感じているような状況のことがズバリ書かれていて、
「あ、間違ってなかったんだ。これでいいんだ。」

とまたまた思いました。
(抽象的でわかりにくくてすみません。)


要約すると(え)

「本来の魂に戻りつつある状態がこれ。」だそうで、

ポイントは
「深い安心感。」だそうです。

そしてそれは、
抵抗せず、受け入れさえすれば誰でも受け取れるもの。


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今まで、いろんな方の話を聞いてきたのですが、

やっぱり2012年冬あたり、
2013年あたりに何か大きな禊のような出来事があって、

徐々にスイッチが切り替わってきた感覚を持っていたりとか、

徐々に視界が広がってきたような感覚を持たれている方が多くて、

今まで「異質」だと思ってきたスピリチュアルな世界が、
まったく「異質」じゃなく、
「普通」「当たり前」に感じるようになった方や、

「常識」だと思ってきた地球的な世界が、逆に異質に見えてきた方、
違和感を感じ始めた方や、

現実世界と精神世界の差がなくなってきた方、
(それはスピリチュアル一辺倒な生き方になった、というわけでは決してない。)

「思ったことがスルスルと現実になっていく」方が、
やっぱり増えているんじゃないかなあ・・と思ったりもしていまして。

共通して感じるのは、
「こだわりがどんどんなくなっていく」ことで。

好き嫌いのこだわり、とは、また違うんです。
この「こだわり」の種類は。

「こうでないとダメだ。」という方の「こだわり」、

「こういう自分でないとダメだ。」という、そっちのようです・・。


こだわりを持てば持つほど、
重く、固く、まとわりついて剥がれにくくなる。
動きが取れなくなっていく。
「今」を楽しめなくなっていく。

逆に、
こだわりがどんどん無くなっていくと、
軽く軽く、身軽になって魂の思うがまま動きやすくなって、
あまり先々のことを心配しすぎず、
今を今として、楽しめて、ポンポンと動ける。
そんな状態。

なにかの目的に向けて努力する、
という古い地球的な感覚だと、
どんどんしんどくなってくるよー、とは数年前に確かに聞いてはいたものの、
実感として、
「ほ、ほんとだぜ、ベイべー。」って思うことが次々ある。

行動は必要だけど、
別にそこに我慢はつきまとわない、我慢はいらない、
むしろ楽しいから自然とやってしまっている。

そっち。なんだぜ、ベイべー。っていう。(なにが)

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先日、書いた「前提」の話もやっぱりその通りらしいですし・・、

ここがどうも大きかったようです。

いやあ、面白いですねえ。いろいろ。

昨年夏からブログでこんなこと書いてきていますけど、
正直言うと、
心のどこかで、
「こんな偉そうなこと書いていいの?」って怖くなることがあるんです。

でも、どうももっと本質のところを突っ込んで書いていっていい・・らしく・・・。
まじで?
と、昨日、湯船に浸かりながら、身震いしました。

え?
そのことも書いていいの?ってこととかさー。(うわー、なんだこれ)


--追記--
「こんな偉そうなこと書いていいの?」って思うこと自体、傲慢ですよねえ。
自分が普通に受け入れているなら、普通にサラッと言えるはずなので。
うん、もうこの壁もいらないな。
サラッといこう。


IMG_0352.jpg

(満月を過ぎた夜だったんですねえ。)


あのですね、
湯船に浸かったり、海とかプールとか、水に浸かっている状態って、
人間の魂が宇宙と交信しやすかったりする状態なんですよ。
感覚を広げて、
魂のままを意識したら、割と誰でもできることなんです。

一度でも自転車に乗れたら、
あとはずっと「乗れる自分」が当たり前なように。

そんなこともこれからもっと書きますです。


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