佳矢乃のキノミキノママ日記

図解「感覚と思考について」

2017年3月19日


日々いろんなことがありますが、
皆、それをあえて口にせず、
その人なりの乗り越え方で、
時には笑い、
時には泣き、
時には怒り、
それを繰り返しながらも生きているのですよ。(いきなりどうした。)

こちらの都合おかまいなく、
自分語りを勝手に始め、
その上、
何故かこちらの状態や感情を勝手に決め付けて(←大抵そういう時、的も外れてます・・。)
いきなりノックもしないで庭に土足で踏み込んでこようとする人は、
わたくし、容赦なくシャットアウトいたしますですよ。
相手と心のキャッチボールをしたいなら、
まず礼節弁えて相手の家の門をノック&挨拶をして、
ちゃんと門を開いてもらってから。
人付き合いの最低限のマナーだと思います。


というのはさておいて(え・・)、

昨夜寝ようとお布団に入ったら、
いきなりなんか、
「賞味期限のシール」の図が思い浮かんで、
ずっとふわふわしているので、
なんだろなーと思いながら寝たんですが、
たぶん寝るか寝ないかの境目のところで、
ふわふわウトウト、そういうことか、という何かがあったんでしょうか、

今朝起きて、わたくし、
アホみたいに 一気にこんな図を描きました。

zukai170319.jpg

わかりにくいかもしれないので、解説していきます。(えっ)


例えばの話。

今、自分は自家製豆乳ヨーグルトにはまっているので、
それを例題にします。(はあ・・)

自家製ヨーグルトなので、
当然「賞味期限シール」や「消費期限シール」なんて付いていません。
発酵してるか、腐ってるか、どちらか・・は、
自分の舌で、感覚でないとわかりませんし、
試さないとわかりませんのです。
今、わたくしは、
毎日、この感覚を研ぎ澄ます練習&実験を繰り返し中であります。(なんの報告よ)


一方、
市販のヨーグルトは「賞味期限」「消費期限」どちらか必ず表示されていて、
普通は、ですよ・・、
普通は、まずそれを判断基準にして、
「これはまだ食べられるか。」
「これはもう食べられない。」か、判断しますよねえ・・。

そう、メーカー側の言ったことが、
まずは「正しい」ことになりますよね。

だから、
消費期限が、昨日の日付と気づいた途端に、
「あ、もうダメだ。食べられないわ。」
と試すことなく廃棄する人もおそらくおられるでしょう。

もちろん、それはそれで全然いいんです。お腹壊すと大変ですから。笑

ただ、中には、

「いや、まだなんとなく食べられそうな気がする。」と思う人もいらっしゃいます。

もしくは、

「食べられるかどうかわからないけど、試してみてもいいだろう。」と思って、
ペロッと食べて様子を見る人もいらっしゃる。

やってみて食べられたら、
「なんだー、まだ食べられるやーん。美味しかった!」
とペロリと平らげ、少しラッキー♪な気分になれるかもしれないですし、

どうも変な味がする・・となれば、
すぐさま食べるのをやめて、
「ダメだったかー。」と思いつつも、
然程、体にもダメージを負わない程度で済んで、廃棄する。


でも大事なのは、そこで、
「ちゃんと自分の感覚を軸にして、食べた人」は、
結果がどちらであっても、
大丈夫だったという成功体験
試してみてダメだったけど、
そういうことかを知れた成功体験という、
どっちにしても、
成功体験をしているってことなんですよね。

「誰かの言ったことを鵜呑みにして、試しもしないでスルーした人」
には、
絶対にそれは得られないことです。

もしくは、
「なんとなくそうかなーと感覚的には感じながらも、
 やっぱり試しもしないで、
 あの人がそう言ったから、を採用した人」にも、
この成功体験は得られません。


zukai170319.jpg


図解の中で、
赤色で囲んだり、下線を引いたりしている箇所。
これが、
「自分の感覚を取り戻す」過程と、そのポイントを指しています。

逆に、
紺色で下線を引いている箇所は、
「自分の感覚や力に自信を失っていく行為」です。

世間で言われていることが「こうだから」ばかりを軸に生きていくと、
途端に自分の物差しがなくなっていきます。

ますます、自分が感じた「なんとなく」に自信が持てなくなっていく。

でもですねえ、
このフワッとしたような
「なんとなく」こそが、

根拠も理由もないものこそが、
宇宙からのインスピレーションだったり、
他の人がどうとか関係ない、
あなただけに与えられたサイン、インスピレーションだったりするので


その「なんとなく」に蓋をし続けたり、スルーし続けたりすると、
(おそらくほとんどの方がこれやりがちだと思います。私も長らくそうでした。)
本当に、
誰かの言いなりになったり、
世間の価値観に振り回されたり、
みんなと一緒でないと不安になったり、
特定の人を極端に崇拝してしまったり、して・・、

「まるで自分を生きてない」状態になってしまうんです。


やめてっ、
もうそんなことはやめてー!(けんかはやめての河◯奈保子風にお願いします。←歳バレる)


いや、いいよ、
そっち選びたかったら、別にそれはそれでいいんですよ。(どっちよ。)

でもさー、
なんかしんどいんでしょ?・・と・・、

なんかその、
一回二回程度試しただけで、
「まずかったー」ってなってもですよ、

「まあ、そんなこともあるかー。」って流して、
チャレンジし続ける道もあるんですよ。

(図解参照)


でもそっち選ばずに、
一回二回試しただけのものが全てになっちゃって、

図解の中の真ん中あたりのセリフ

「ほら、
 やっぱり私の感覚より、
 ラベル(世間で言われてること)の方が正しい!!」

って思い込んで(これも仕方ないことなんですけどもね・・)

自分の感覚軸よりも、他人軸の方を主軸にして生きてきてる


その道を選んでいるのも自分なんですけどもね・・。


でも、
その道が、なんかしんどいなーって心は感じてるとしたら、ですよ。
やっぱり、しんどい地点で、

そもそもあなたの選んでいる道が、
あなたに合ってるかどうか疑った方がいいですよ。


あなたに合ってる道は他にもありますよ。

というサインだと思うんですよねえ。


そう言ってもね、
「でも、できないんです。」とか、
「人生終わった。」
とか言ったりする方もおられますよ、ええ。
相当何回もチャレンジされてのことかもしれませんし、
そう言いたくなる時もあるでしょう・・。
わかってはいますが、
敢えて、こう言います・・。


簡単に「人生終わった。」とかそんなこと言うな、ボケ!!

(口悪すぎですよ・・)

あきらめずに、
なんどもなんども赤線を試しなさいよ!!


ってなるわけですよ。(激アツ塾講か君は・・)


自分も何度も言いますが、本当に偉そうなことは何一つ言えないです。
七転び八起き、繰り返し中で、
アクション、
チャレンジ、
アクション、
チャレンジ、
実験&検証、の繰り返し。
そこから得られたものをなんとなく書けたらなあ、って思って書いてます。

本当にどん底を味わった人こそが得られるものもある、
そんな気がします。

あきらめて拗ねるも良し、
あきらめずに粘りに粘って、自分の軸を取り戻すも良し、
どっちかを選ぶかの自由くらいは与えられています。


拗ねてる状態で、
相手の門をノックせずに、勝手に拗ねモードの言葉を撒き散らす・・、
そんなことをね、もうやめませんか。
だから、
冒頭のような、一人暴言になったわけですが。失礼いたしました。
自分は礼節弁えて門を叩いて下さる方なら、
ちゃんと真正面から受け答えしてきましたし、これからもそうするつもりです。



明日、春分の日です。
なんだか立春からこの春分の日にかけては、
どうも大きな心の大掃除期間だったようですねえ。
私も本当にそうでした。
割としんどい時期でしたが、浄化期間だと割り切って、
とことん自分と向き合い、
心の中のどろんこに飛び込んでもがき切りましたーー。
やるだけやったら、
泥まみれになりながらも、
底の方にあった宝の原石を見つけた、
そんな清々しい気分にもなれました。
(抽象的すぎてごめんなさい。そうとしか例えようがなくて。)


6bc5f2f0.jpg
(アメリカ横断ウルトラクイズの泥んこクイズ。
 思い切って行け!飛び込め!)

b140613_013.jpg
(どろっどろのぐっちゃぐちゃ・・。)

b140613_020-1000x288.jpg
(でもここまでやりきったら見つかるものってあるのよね。の図)


こんな風にして、
試し続けて得られた喜びは、周りとも分かち合えるんですよねえ・・。
お互いに抱き合って喜びあえる。
何人とも輪になって喜びあえる。

そんな光景を、具体的に一昨日味わいました。ありがとう全てに。


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  1. 2017/03/19(日) 10:08:06|
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