佳矢乃のキノミキノママ日記

梅畑に雉のカップルを見つけまして

2017年5月29日


車を運転していたら、後部座席の次女がいきなり、
「雉がおる!!」
と叫びまして、
後ろから一台も来ていなかったので、迷わずギューーンとそこまでバックして、
雉のカップルを眼中で捉えました。

IMG_0513.jpg

綺麗なオスです。
でもこの写真の右の方に、実はメスもいます。
敷き詰められた青いネットの下の方にメスは潜り込んでしまっているんです。
オスはメスに近づきたい。
メスもオスのそばに行きたい。
でも、メスは自分がネットに潜り込んでいることに気づかない。
どんどん潜っていく。
近くにいるのに、
こんなにも近くにいるのに、
二人は寄り添えないまま。

(なにかのポエムか。)

しばらく見ていましたが、後ろから車が来たのでその場を去りました。
あの後、彼らはネットを越えて会うことができたかなあ。
だと、いいなあ。

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少し話が変わりますが、
私がまだまだお子様だからか、

ほんとよくわからないんですけど、

先日ある既婚者の方が、
「配偶者なんて空気みたいなもんで、別にもう何とも思っていない。」
「相手に対して、もう好きとかそういう気持ちすらない。」

と言い始めて、

わたくし、お酒が入っていたものですから(え)
思わず、
「つまらんっ!」
と大滝秀治風に管を巻いて、
えらく、うっとおしくからんでしまいました。

相手、嫌だっただろうなあ。ふはは。

その方は、
やや私に背中を向けつつも(そりゃそうだよね)、

「そんなもんやろ。そんなもんやで。普通。」
と更に言うので、
「普通ってなんだ!つまらんっ!!」
と、
ますます管を巻いてしまい、
それを見ていたバーのママさんから、
日本男児は侍みたいなもんで言葉にしないんだから、

「あなたはもう外国の人を見つけなさい。」と言われてしまう始末。


そして酔いが覚め、
つまらん!つまらん!
と連呼する秀治になっていた自分をしっかり覚えているので、
「や、やってしまった・・・。」と、
大いに反省いたしましたが、

でもなあ・・、
なんでそんな風に、
「夫婦なんてそんなもんやろ。
 夫婦なんて長年連れ添ったら冷めきるのは当然で、
 何かをしてもらうのは当然やし、別に言葉にせんでもええやろ。」
的なことを、
言いたがるんだろう。

そんな風に「そんなもんだろ。」と、
さらっと言える自分のことを、

かっこいいとでも思ってるんでしょうか。(毒、毒。)


「へー、そうなんだー。」ってサラッと流せない自分はやっぱりお子様なのですが、

でも、
そう言っている人を今までちっとも、
かっこいいとも素敵だとも思ったことがないのです・・。


かっこいいな、素敵だな、と思うのは、

「今もほんと奥さんのこと一番好きなんだよねえ。」
と、恥ずかしそうに小声でボソッと言う男性だったり、

女性のことを嫌味なく当たり前のように大事にできている男性だったり、

「私は旦那のこと、ほんとアイシテルよ。」
ときっぱり言える女性だったり、

(現にそのママさんが私たちの会話を聞いて、そう言い切って、
 わたくし、ママさんに拍手してしまいました。
 酔っている私に合わせてくれただけだったかもしれないですけど。笑)

それは演じてるでもなし、
そう言わなくちゃという感じでもなし、
本当にそのことが自分にとっては当たり前で、
でもおおっぴらにいうのは恥ずかしいから照れが入りつつも、
ちゃんと「そうだ。」と言える人。
何年たっても相手に「ありがとう。」って言い合えるの、
そっちの方が素敵だなあって思います。


長年連れ添うと、山あり谷ありで、
良い時ばかりでもないはずで・・、
でもそこを、
お互いのことを労いながら、
何かしら乗り越えていこうよ、とやってこられて、
「この人がいてくれてよかった。」と思えるところまで持って行った方々が、
本当に素敵だなあって見ていて思います。

私自身は過去それができなくて、失敗して、
今は一人ですが、
なぜ失敗したのか、今なら少しわかる気がします。

わたしが、精神的にしっかり自立できていなかったからです。
幼少期に満たされなかったことを、
相手に求めていたり、
誰かに愛してもらって始めて自分には価値がある、と勘違いしていたからです。

「自分はどこか欠けている」と信じていて、
それを埋めようと、相手を利用したから、です。

お互いに、何かを埋めるためじゃなくて、
それぞれ自分の機嫌はちゃんと自分で取れる人で、
そんな風に精神的に自立しているから一緒にいられる、
そんな関係を築かれているご夫婦が、
本当に見ていて尊敬するなあ、と思うのです。


だから「そんなの理想論だよー。」と言われたとしても、

事実、
そういう関係性を二人で向き合って乗り越えてこられた方々もいらっしゃる。

「あの人がいてくれて良かったと思う。」
と堂々と言える人がいる。

うちの妹夫婦がそうなのです。
見ていて本当に素敵な夫婦だなあと思うのです。



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そんな自分なので、
「もう一人の自分」という絵を描くと、
魂が喜んでいるのかもなあと思ったり。

なにかをごまかしながらの結婚じゃない、
形だけのものじゃない、
形関係なく、
お互いを大事にし合える二人が増えたらいいなあと思いますから。。

結婚しているとしたら、
子供を言い訳にしないで、
しっかり二人がお互いに向き合えてて、
ごまかさないでいられる関係性。

お子様の自分が理想論を、
ただ、やいのやいの言うてるだけですけど、

それがあるから、
子供や孫も、
「二人っていいな。パートナーっていいよね。」と思えるんじゃないかなあ・・。

だからその二人から生まれた自分っていいよね。
と自分の存在を大事に思えて、
自分は愛されて生まれてきたんだ、と思えて、
だから自分もそういう相手を見つけようって思えて、
代々、
代々、
引き継がれていくんじゃないのかなあ、って思うんです。

わたしは今一人ですが、
娘たちにはごまかさず、
別れてしまったのは、自分がこうだったからだと説明するようにしているんですが・・、
それは、
綺麗事でごまかしたって、
誰かのせいにしたって、
純粋な目をもつ子供には通用しないなあって思うからです。

なんでもかんでも話すのは違うんですけど、
人間がどうしてこういう男女に別れているかってことと、
つながってると思うんですよねえ・・。


(生まれてくるときに、
 最初から人生の設計図を「一人で生きる」と設定している方もいるので、
 なにがなんでもパートナーを見つけないといけない、というお話ではないのですよぉ。)


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  1. 2017/05/29(月) 09:32:29|
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