佳矢乃のキノミキノママ日記

望んでいることが

2017年12月25日


クリスマスですねー。
大勢のサンタさんが昨夜は眠い目をこすりながら、
子供部屋に足音立てないように忍び込んだでしょうか(笑)


自分が今 望んでいる形が最良だとは限らないのに、
ついつい、
今 望んでいる形が現実になったら最高だと信じて、
そればかり願ってしまいがちですが、

もっと他の形で、
自分に最良かもしれないものも、たくさんたくさんありまして。

外側の形ばかりを求めるし、
外側の形ばかりの実現を願うけど、

全然、想像していない形の方が、
実は自分の心が最高に満たされる場合だってある。


どんな感情を味わったら満たされるのか、
・・がキモなんだろうなと思います。

形じゃなくて。
誰とどうなるか、じゃなくて。

自分の心がどう反応するか、なんだよなあ・・。
形じゃなくて、
感情・心・そっちなんだよなあ・・、
って、自分で自分にいつもツッコミます。


そっちの感情や心を味わえる「何か」なら、
きっと、
どんな形がやってきても、現実になっても、
満たされるのは確実。


難しいことはさっぱりわかりませんが、
どうも、
エネルギー量子学的にも、
そっちがそうみたいです。(そっちがそうってなんだ)


思い当たること、結構たくさんありませんか。
わたしは、あります。むふ。



  1. 2017/12/25(月) 08:31:19|
  2. 思うこと
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怒涛の11月、変化の12月

2017年12月13日


ひさしぶりに思ったこと、
感じたことをつらつらと残していこうと思います。

タイトル通り、
「怒涛の11月、変化の12月」・・を感じています。

11月は御朱印帳グループ展、
青山一丁目での個展と続けざまということもありましたが、
それに加えて、
個人的な私用でも、
かなりバタバタ、心も落ち着かない日々でした。

正直に告白すると、
ひさしぶりに「心が折れそうな」状態になりまして(え)、

私自身のことでなく、家族のこと、
いろんなこと、

表面的には、私以外の人の出来事だとしても、
でも、逃げずに辿っていけば、
それは私自身の過去の記憶からくる様々な思い込みが、
「ただ、そう見せているだけ」だ。

・・ということにも気づいていたので、
なんとかかんとか、
周りの方々にも助けていただきながら、
11月を乗り越えられた・・・そんな一ヶ月間でした。

自分一人ではどうしようもないことってたくさんありますね。

自分一人でなんとかしようとしても限界があります。

そんな時、
「ヘルプ」が言える自分にもなれました。

「ヘルプ」を快く受け入れて、
手を貸してくれる方も何人もいてくださいました。

その度に、
本当に感謝の気持ちでいっぱいになりながら、
まだ経過の途中ですけど、
その後のやりとり、お礼、などなど・・・
しばらく続きそうです。

ここをご覧くださっているかどうかわかりませんが、
改めて、
心から、ありがとうございます。
・・とお伝えしたい次第です。

おかげさまで、
12月に入って、状況も少しずつ改善に向かっていまして、
波はありますが、
自分の気持ちが落ち着いているのも感じます。

笑っていれば、なんとかなるなー、という気分です。

本当にありがたいです。


こんな風に書くと、
湿っぽく暗くなりますが(苦笑)、
実際はそこまで暗くもなく(その説明は要るのか)、

心弾むこともありますし、
楽しい時間もありますし、
嬉しすぎて泣きそうなこともあったり(どんだけ)

それもあって気持ちの浮き沈み・アップダウンが激しすぎて、
疲れただけなんだろうなあと思います。(笑)

そう、気持ちのアップダウンが激しい故の疲れなんだと・・、

自分ではそう分析しています。

ここ最近は、その波も穏やかになりつつあります。

そして、
一日に爆笑を何度もしている。
そんな感じです。

唐突ですが、
私の尊敬する方が、
「一日一回、大爆笑」をモットーとされていました。

普段は、
落ち着いてらっしゃって、
理路整然とお話しもされて、
どっしり地に足ついた女性でして、
とりたてて自分から笑いを取りに行くような、
アグレッシブな方でもないのですが、

その方の口から、
「一日一回、大爆笑です。うふふ。」

と聞いたあの日のことを度々思い出しては、つられ笑いをするのです。

笑えない日があっても、そんな自分のことも許してあげながら。


そう、
もう、

「こんな自分ではダメだ。」は要らないな、と思います。

どんな自分であってもオッケー、でいい。
・・と本気で思っています。

誰かがあなたにダメ出ししても、
確かに受け入れた方がいいこともあるかもしれないですけど、
その人の言葉は、
実はご本人の観点から、ご本人に向けられたものが多い気がします。
自分で自分に言っているんです。
その人が気づいていないだけで。

「こうした方がいいよ。」という感じの、
改善したらいいよ的な表現だといいんですが、

「それではダメだよ。」という否定的なダメ出しは、
その口癖を持つ人の「生き方の表れ」だな、
と感じることも多いです。

誰かの否定的な言葉を採用するかしないかは、自分が決めていいと思います。

もう、
ダメな点を改善しようとするよりは、
もともとの持ち味、素敵な部分にもっと目を向けてあげてほしいです。
せめて、自分だけでも。

基本的に、
心が優しい人は、自分に厳しい人も多いです。
周りを責める前に、自分を責めがちです。

それが積もり積もって、疲弊していく。

もし、
「こんな自分ではダメだ。」が、
口癖のようになっている方がいたとしたら、

「自分へのダメ出しは、
 もう、しないであげてくださいね。
 十分、やってはるんだから。」
と、
そっと隣に行って耳打ちしたい。

そんな気分な師走も、
早くも中盤に差し掛かっていますね。(え)

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そうそう、
遅ればせながら、
11月の青山一丁目の個展時に、
ご芳名帳にご住所を書いてくださった方へは、
本日、お礼状ハガキを郵送できたんですが、

まれに、
宛先の記載がなくて、
お礼がお送りできない方がいらっしゃいまして・・・

そんな方に届け!

メリークリスマス!!

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  1. 2017/12/13(水) 16:08:51|
  2. 思うこと
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放置しすぎました・・

2017年10月26日



こんなにここを放置したのは初めてかもしれません。

誰が読みに来てくださっているかもわからないもの、

でも時々は、
「読んでいます。」とおっしゃって下さる、ここ、

嬉しく受け止めつつ、

でも、

しばらくずっと、なんか書けなくて、

気がついたらもう10月も終わりに近づいてきています。



自分の中の物事をすっきり整理したくて、

違和感の感じ始めたものはすっぱり止めてみたり、

本心では続けたいけど、
状況が許してくれないものは一旦保留にしてみたり、

いつの間にか、

強引に「いけるでしょ」と推し進めがちだった自分の心の癖を、
見直すようにもなりました。


今までなら、
多少、遠くても、行きたいと思ったら出かけるし、
多少、お金がかかっても、これはと思ったらためらいなく出して、
行動していました。


それが、
例えば他の誰かが関わることだとしたら、

「あの人は、割と簡単にどこでも来てくれる。」と思われたフシもあったみたいで、

実際には、
交通費も相当かかるし、宿泊費もかかるし、
どこに移動するにも、
必ずまる1日2日はかかるから、
仕事だってその分、キツくなるわけです。

でもそんなこと、
顔に出しちゃダメだって無意識に頑張りすぎて、

相手に、
「簡単に出て来てもらえる。」と思われたんだと思います。

決して、フラッと行けたわけじゃないのに。



何より、
自分自身で、
「いけるでしょ。」
と、自分にちょっと無理を強いてきたこと、

そこも自覚しました。


もう、
そんな簡単にフラッと行けなくなりそうです。

そういう時期なんだと思います。


来月は東京でグループ展、個展と続きます。
また来年2月は大阪での個展も決まりました。

でも在廊できる日数は、かなり限られると思います。

本当なら少しでも多くの方とお会いしたいところですが、
やむを得ません。


でも、お知らせさせていただきますね。
やっぱり作品は見ていただきたいですから。


  1. 2017/10/26(木) 13:31:09|
  2. 思うこと
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創造するってことを

2017年9月7日



考えさせられたことがあります。



ある表現をしようとする人がいて、

その表現を指導する立場の人がいて、


指導する立場の方の、これまでの経験や方法論で、
それなりの評価を得ることができて、
見た目にもわかりやすい付加価値を得てきたからこそ、

その方にとっては、
その経験や方法論が「うまくやるための全て」になっていたとしたら。

指導する時に、
おそらくその「うまくやるための全て」を弟子に教えたいとなるのは、
至極当然のことだと思うのです。


教わる側も、
その方法で結果を出したいと願うでしょうし、目指すでしょうし、
いろんなことを学んで、
自分の血や肉や骨としていくんだと・・

それは思うのですが・・・、

表現する側の、
「それを表現したい!」という熱や心を、
無視することはないと思うんです。


結果にこだわる余り、

その熱や心を無視してまで、
指導者が成功してきた、その方法論でないとダメだ。

・・なんてことは決して無い。

・・とわたしは思うんです。


それを表現したい!という熱が、
なにより最優先であって欲しいし、最優先であっていい。

結果は後からついてくるもので、
その時、その表現に対しての結果が伴わなくても、

熱や心に従って表現し続けていく積み重ねの中に、
誰かの心を打つものが生まれるかもしれない。

そういう可能性を信じた方が、

表現する側の「表現する喜び」も失われることはない。

・・とわたしは思うのです。



いろんな指導者の方も見てきました。
いろんなタイプの方がいました。
申し訳ないですけど、
中には、
その方の方法論に押し込められそうになって、
わたし自身の表現が失われそうになる危機感を覚えて、
距離を置いた方もいました。

(学んだことも大きかったですよ。それは感謝しています。)


わたしは、今、
銅版画の先生方から、
とても素晴らしい「表現したいという欲を大事にする心」を学んでいます。

決して、
自分の方法論を押し付けたり、
結果を求めたりしません。

最初に沸き起こった
「表現したい!」という熱をなにより大事にして下さる。


まだ立場的に、
「教え子」「指導を仰ぐ側」にしかなれない人がいたとしたら、

先生や指導者の方からどんな言葉をかけられても、

自分の表現したい欲、熱、心を決して無くさないで欲しいな。
と思います。

それを一番大事にして欲しいな、と思います。

周りは好き勝手言いますからね(笑)

気にしないで、
堂々と、
好きなものを好きな表現で、やっていったらいいと思います。

自分をなくしてしまう前に。




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  1. 2017/09/07(木) 08:18:58|
  2. 思うこと
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できないって思い込んでいること

2017年8月25日


「ひと山、超えたぞーーー!」


大げさに叫んでいますが、
8月中の、
怒涛の仕事漬けの日々。
ようやく一旦一区切りできそうです。

(まだ来週納品分も残っているけど・・ふっ。)


お仕事関連の皆様、
本当にいつもありがとうございます。

9月は時々休みも取りたいので、
スケジュールは相談させていただくことになるかもしれませんが、
何卒よろしくお願い致します。


さて、

このビックウエーブがくる前の(山なのか波なのかどっちなんだ)
7月後半、
娘たちが夏休みに入ってすぐに、
大阪と奈良に一泊だけのプチ旅行をしてきました。

7月に行っておいて良かった〜!
8月に入ったら絶対に行けなかったもんね・・汗。


この旅行中に、

わたくし、

ちょっとした「思い込み」を払拭することができたんで、
その話を聞いていただいていいでしょうか。

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ジョジョという漫画が大好きな娘二人は、
今、そのイベントをしている
ユニバーサルストゥーディオジャッパーンがお目当てだったのです。


わたしは、初めてでした。
ユニバーサルストゥーディオジャッパーン。

(USJと普通に言いなさいよ・・)

ユニバーサルストゥーディオジャッパーンと言えば、
何を思い浮かびますか?

多種多様のアトラクションではないでしょうか。

アトラクションと言えば、
そう、
絶叫マシンは外せませんね。


わたくし・・この絶叫マシンが大の苦手なんであります。

かつて中学校の修学旅行で、
ネズミの国の絶叫マシンに乗って悶絶してから、
ほぼ一切ダメになってしまって、
急降下・急落下する系のものは、
できるだけ避けてきたんです。

バイキングっていう左右にただ揺れるだけのものすらダメでしたから。


娘二人のうち、
長女もわたしと同じように、
絶叫マシンは絶対乗らないと公言していますが、

小学生の次女が、
なんと、
反対に絶叫マシンが大好き・・・と来たもんで、


はい、この場合どうしますか?(笑)

3人ですよ。

わたし、長女、次女、のうち、
小学生の次女だけ、
「絶叫マシンに乗りたい乗りたい乗りたい。」と言うのです。(笑)


いくら絶叫マシンが苦手だからと言っても、
せっかく、
ユニバーサルストゥーディオジャッパーン(もうただ言いたいだけ)に
来ているんだから、
次女に「それはやめときなさい。」って、
我慢させるのは辛いし言えないです。

かといって、
次女だけ乗せるというのも、それは母として良心が痛む・・。

ましてや、
他のどこかのご家族さんたちに、
「あの〜、この子も一緒に混ぜてもらっていいですか?」
なんて頼めるはずもない。(笑)


長女はもう高校生なので、
「わたし、ひとりでその辺ぶらぶら買い物してるし、
 二人で行っておいでよ。」

と言ってくれている。

いうことは・・・・。
どうなりますか。

ふははははははは(無表情)

乗るしかない?・・・のか?
この、わたくしが・・・。

ですよ。


ところが。


絶叫マシンと言っても、

ユニバーサルストゥーディオジャッパーン(もういいって)の、

「ザ・フライング・ダイナソー」

は、

なぜだか話題になっていた頃から、
妙に妙に気になっていましてね。

テレビで見た時、
「これは乗れるぞ・・。乗りたいなあ。」
という、
根拠のない自信のようなものが自分の中に生まれていたんです。
実を言うと。

なぜそんな自信があるのか、自分でもワケがわかりません。

ただただ、
「そう思う。」

それだけです。


でもその都度、
思考レベルのわたし、
つまり過去の経験値でしか考えられない脳の部分では、

「やめときなさいって。
 嫌いなんでしょ。」

と制するわけです。

「どうせ、無理なんだって。」って。


でも、でも、
魂レベルのわたしは、
経験値を超えたところの魂の純粋な部分は、

「乗ってみたい・・・♡」

「だって、あれは空飛んでるみたいやん。
 空飛べるって素敵やん♡♡♡」

と感じている・・・。



そう、
わけのわからない魂のワクワク感が否めなかったんです。

他の絶叫マシンにはそんなの感じたことないのに。


で、ものすごい行列でしたが意を決して、
次女と二人で並んでみました。

ところがこれも、
魂のワクワク感に従った故のプチミラクルなんでしょうかね。

待ち時間90分表記で、
「こんなに待つのか〜・・」って覚悟して並んだのに、
あれあれ?
思ったよりもスルスル列が進むよ・・、
あれ?
もう乗るの?って時計をみたら、
たった30分しか経ってないんです。

そんなものなんですか?
と、まずそこに少々驚きながら、
いよいよ、自分たちの番・・・。

し・か・も・・・

最前列ブロック、前から二番目の最高の位置(え?)


絶叫マシン好きの次女は、
もうワクワクして目が輝いています。

と思っていたら、
次女も、
「お母さん、苦手なくせに、
 なんでそんな目がキラキラしてんの。」

とわたしを見て言うので、
きっと、わたしも目がキラキラしてたんでしょう・・(笑)

ガシーンと安全装置が下ろされ、
体が一旦、固定されます。

普段なら、こんなの耐えられません。

「降ろしてくれーーーーーー!!」
と、違う意味で絶叫しているでしょう。

ところが、
フライングダイナソー独自のあの姿勢、
開始寸前の、
うつぶせのように背中が天を向く姿勢、
つまり、下向きになって足は宙ぶらりんになる姿勢・・
になって、

前後左右の他のお客さんが、
「やばいやばい!!もうだめ!!」
「あかんあかん!!」

とそれだけで、既に叫びだしているのに、

わたしは不思議と、
心の中で、

・・というか、魂が?・・かなあ?

「おお、飛べるぞー。
 空を飛べるぞー。飛ぶぞーーーー♡♡♡」

とワクワクしっ放しだったんです。

宙ぶらりんのまま(笑)


で、ほら、来るぞ、来るぞ・・・

きたーーーーーーーーーー!(語彙力無し)


ビューーーーン

ビュビュビューーーーーン

グルグルグルグル

ビュビュビューーーーーーーーン・・・


ヒューーーー・・・(終わった音、笑)



いやあ・・・・。

爽 快!!

なんて気持ちがいいんでしょうか!!



普段なら絶対に嫌で乗りたくない急降下場面だって、
ぐるぐる空を舞いながら降りるので、
全然怖くないのです。

もう自分の中では、
完全に、
「めちゃくちゃ飛ぶのが上手な鳥」(なんだそれ)
になった気分なので、

ほんとに自由自在に、
空を飛んでいる気分だったのです。


終わって、降りる時、

「お母さん、
 ずっと大爆笑してたから、
 ちょっとうるさかったわ。」

と笑いながら次女にぼやかれました(笑)

ははは、ごめんごめん。
あまりに楽しかったから・・。

「いや、わたしも楽しかったからええけどー。」ですって。


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たぶん、わたしの中で、
普通の絶叫マシンは、
「体を縛り付けられて、ただ一方的に落とされる。」(←言い方、笑)
イメージが強かったんだと思います。

魂になにかしら、
「そんな恐怖感」が植えつけられる原因となる経験が、
あるのかもしれません。

でも、
そんなことは別にそのままで良くて、
無理に克服しようとしなくてもよくて、

フライングダイナソーは乗れても、

今もって、
他の絶叫マシンは乗ろうとは思わない。きっぱり。

マシンごとまるごと、
克服しなくちゃ、乗らなくちゃ!とも決して思いませんし、

そんなこと思う必要もないんですが、

ただ、
不思議と、
「これだけは乗ってみたい。」
という、
魂の感覚に従ってみたら、

やっぱり最高だった!

という経験をまた一つ手に入れることができました。



過去の経験から来る理由付けなんかより、

「今」感じている、

魂の感覚の方をためらいなくやってみて良し。

ってことなんでしょうねえ。


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  1. 2017/08/25(金) 12:31:21|
  2. 思うこと
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