佳矢乃のキノミキノママ日記

ライブ行きたい病にかかりました

2017年5月23日


一気に好きになったバンドの、
先日のフェス動画が上がっていたのですが、

一番面白かった部分がバッサリ、カットされていました・・。
(たぶん『お願いシェンロン』という曲です。)

なんで切るーーー!

大人の事情なのか。

私も好きな関ジャ◯をいじったからか。笑
いいじゃないのよ、それ込みで面白かったんだから。

おい、事務所。(お)

向き合え。(え)

それすら笑い飛ばせるようになってみなさいよ。(誰なんだ)

関ジャニのバンド曲も演奏もすごく良いんだから、
全う勝負したいって本人ら思ってるかもしれないんだし、
余計なことをするんじゃないですよ。
Tokyoholicとか最高なんだから、
ほんとに。

もとい、話を戻して(え)

面白かったんですよー、カットされたとこ、ほんとに。
ボーカルの方がね、痛快なんです。
笑えて仕方なかったんです。
あんな面白いところを見せなくするなんて、
もったいないじゃないのぉ。


少し話それますけど、
自分のダメな部分をね、笑い飛ばせるって最高ですよ。

開き直るっていうのとも違う、
自分のダメなところすら、
「そういうとこあるねん。YES。」って受け入れてる人いいですよね。

自分を笑い飛ばせるって最高です。


ライブ行きたいなあ。
野外。
もう何年も行ってないなあ。
まあ、子供もいたし、地方だし、簡単に行ける環境じゃないけど、
行ったっていいじゃないか。(独り言)


  1. 2017/05/23(火) 15:29:57|
  2. 思うこと
  3. | コメント:0

やっぱり・・

2017年5月20日


うーん。
最初は、気乗りしたから乗ったんですけど、

途中から雲行きが怪しくなって、

一回約束したからなあ・・と思って乗っかってみたものの、
やっぱり、

平気なフリをしなくていいな、自分。

これはお試しきてたんですかね、
そうですね、これはお試しだったのかも。

嫌われてもいいな、と、
今までも思ったこと何度かありましたけど、

嫌われた方が都合がいい相手もいるわけで。


相手の世界に入るにも礼儀があります。
こちらの世界に入ってもらうにも、
勝手にこちらの育てた花壇を荒らす人も入れません。

そして、暇じゃないんです、わたしは。

自分の大事な時間です。
自分が心地よくなれる時間を選びます。

そういうことをもっとはっきり表明していいな。うん。ふふ。

早いなー、こういうお試し来るのも早くなってる。
気づける出来事がやってくる速度もどんどん早くなってきてるなあ〜。



  1. 2017/05/21(日) 15:44:10|
  2. 思うこと
  3. | コメント:0

シンクロの嵐

2017年5月19日


覚書。

シンクロニシティ、略してシンクロが怒涛のようにすごいです。

(ウォーター◯ーイズじゃないです。うん、知ってる。)


やっぱり、
一言で言うと・・、

社交辞令のようなことはもう要らんのだなあ・・というような事や、
気持ちの乗らないことはしない。
気持ちの乗ることはする。

こんな風にシンプルにやっていく方が、
その方が流れに乗るんだなあ・・
ということを次々と見せてくれます。


気持ちの乗らないことはしない。

・・なんて、簡単に言ったとしても、
いざ実行するとなると割と勇気のいることで、

社会で生きていたら、
「気持ちの乗らないことばかりじゃないか。」
「その我慢料でお給料をもらうのが仕事じゃないか。」
と、
たいがいの大人は言いますし、

そんなものなんだろうかと思って、
そっちに流されがちになり、
どんどんそっちが当たり前になってしまうと、
自分の気持ちのまま生きるなんて、
そんなことできるわけがない、
無理だ、となってしまいます・・。
私も長い間そんな感じが長かったです。
今もまだ、ちょっと流されてしまうことだってあります。

だから、気持ちの乗ることだけをする。
なんて、
本当に勇気がいることだったりするんですが、

それ、実際やってる方もいるんですよねえ・・。
で、実際やってらっしゃる方は潔くて、清々しくて、

今日なんかも話してて、ハッとしたんですが、

シンプルに自分の思うまま生きることで摩擦が起こるというのは幻想だ、と。
もし摩擦が起こったように見えたとしても、
それで自分が責任を取らなくては、と人は思いがちだけど、
そうじゃない、
シンプルに生きることは宇宙の総意だから、
宇宙が責任を取ってくれる。

と言うんです。

これは、なかなかな衝撃でした。
と同時に、
「そっか。」とも思えた・・不思議と。

確かに少しそんな経験をしていたから、なんですが。

心に嘘をつかない、
心に正直な方を選ぶ、ということを決めてやっていると、

「ほんとに大丈夫か、これ。」と思うことも起こります。

でも、
だいたい、総じて「大丈夫」になってたりする・・。
特別自分が頑張らなくても、です。
あれもしかしたら宇宙がなんとかしてくれた?
そんなミラクルもあったりします。

で、それを積み重ねていくと、

ある時、

「うわっ!ほんとにこっちの方がうまくいってるわ!」

ってお腹の底から気づく時が来たりして。

というか、今日また私はしっかり見せられました。

別に我慢して頑張ってるってわけでもなく、
ただ嬉しい楽しいからやってただけ。

それで気が付いたら結果がついてきている。そんな感じ。

そう、ふとした時に、それを見せられる感じ・・。

するともう社交辞令も言いたくなくなるし、言えなくなるし、
心にも思ってないことは言えなくなるし、
できなくなる。

素直に好きか嫌いか、快か不快か、
やりたいかやりたくないか、
会いたいのか会いたくないのか、
ますますシンプルになる一方で。

そしてまた、シンクロというものが次々起こる、見せられる。

今日、そのハッと腑に落ちながらの帰り道、
「どう、パン、食べたいと思ってる?」
といつものように自分に聞きながら入ったパン屋さんで流れていた曲が、
一時期すごくすごく聞き込んでいたアルバムの一曲だったんですが、
聞こえてきた途端、
「うわっ!」って電気が走ったようになって、
帰りのバスでタイトルやら歌詞やら改めて調べたら、
とてつもなく大きなシンクロがありました・・。

すごすぎました・・。

(それがなくても、すごく素敵な曲で大好きです。)

・・・ほんと人生って面白い。しみじみ。





  1. 2017/05/19(金) 22:29:06|
  2. 思うこと
  3. | コメント:0

わかること、わからないこと

2017年5月18日


私が、自分のハイヤーセルフを知ってから、
かれこれ10年以上経ちます。

ハイヤーセルフのリーディングができるからって、
なにもかもすべてわかっているかというと、
全くそうじゃなく・・、

わからないこともたくさんあります。

特に自分のことの、
「これは一体どういうことだろう?」
「このことはどういう意味で起こったの?」という疑問。

その答えなんてものは、
白黒はっきり見せてくれるような答えなんていうのは、

なかなか見せてもらえず、

ずっとわからないままで、
はっきり聞いても、
やっぱり、いつもはっきり答えてくれません。(えー。笑)

で、いつも、
「先に答えを知ったゲームはおもしろいか?」と聞かれます。

(ワタシのハイヤーセルフさんは男性の姿で感じるので、こんな風・・)

また、ごまかされた〜!!
とイラッとする時もありますが(苦笑)
「おっしゃるとおりだなあ・・。」とも思います。ふはは。


さっきもぼーっとしながら、
いつものように、疑問に思っていることをはっきりさせたくなって、
なんとなーく質問したら、
「だから、なんでそうやって先の答えを知りたがるの。」と諌められました。はは。

で、いつも、
「知らなくても、
 今のままですべてうまくいってるんだから、
 あなたの感じたままに進めばいいんだよ。」

と言うんです。

わからないものは、わからないままでいい・・のかな。と。

で、
ふっと思ったのが、
確かに、
「わからない」の種類が前と今とじゃ変わってきたなあ・・ということなんです。

たとえば、
前は、
「どうしたらいいかわからない〜。」と迷うことが多かったのですが、
今は、
どうしたらいいの〜って別に迷わなくなったなあ・・自分。なんです。

それは、ハイヤーさんから先々について、
「こうした方がいいよ。」と具体的な答えをもらってるからじゃなくて、

自分の感じ方に素直に従って、
「気が乗ったら、やる。」
「気が乗らなかったら、しない。」
で、やってみるとうまくいくよ。
と、
生き方自体のコツを教えてもらった、
そっちが大きいかもなあ・・と思います。

やりたいか、やりたくないか、
快か、不快か、
気乗りするか、気乗りしないか、
そういうシンプルに感じたまま選んでいくといいよ、
実験してるつもりで気楽にやったらいいよ、と。

実験はもうずっとやっていますが、
確かに思い出してみると、
「どうしたらいいかわからない〜。」がすごく少なくなったなあ・・なんです。

時々、欲目がくらんで(え)
「この仕事は受けておいたら、後々得するかなあ。」なんて思ったら(えー)、
結局、途中で保留になったり、
支払いがなかなかしてもらえなかったり・・すごくわかりやすい。笑

そういうことで、
「ね。それって違ったでしょ。」と後から答えをもらう感じもあったりで。

だからやっぱり、
先の答えを知るどうこうより、
ただシンプルに、その時その時の感じ方に従っていきなさい。

ってことなんだろうなあ・・。

私がつい知りたいと思ってしまう先のこと。
この先どうなるのか、という答え。

そんなこと知ろうとしてどうするの、と、
改めて、優しく、
「知らなくてもすべてうまくいってるんだから、
 あなたの感じたままに進みなさい。」

と言ってもらえたような、
今日もまたそんな1日でした。


  1. 2017/05/18(木) 21:10:45|
  2. 思うこと
  3. | コメント:0

魂の本質に戻る状態

2017年5月13日


久しぶりに髪をだいぶ切って、さっぱりです。

「こうしよう。」と決めて行ったわけでもなく、
なんとなく、
もうどういう髪型になってもいいなあ〜というユルい感じで、
美容師さんを信頼しているから、もありますが、
「お任せします〜。」と、
鏡の前に座りまして、

以前の私なら、
前髪の長さだったり、横のボリュームだったり割と細かく気になって、
いろいろ口出ししがちだったんですが(嫌なお客ですよねえ)、

なんだか不思議と、
本気でそういうこだわりのようなものがなくなっていて、

鏡の中に移る自分を見ていても、
自分だけど自分じゃないような、
自分というより、なんか、まあ借り物?
という感覚・・、

今はこの体を借りてるだけなんだよね、
と思いながらぼんやり鏡の中の自分を眺めていて、

だからどんな髪型になっても自分は自分だと思えるんだけど、
だけど、だからこそ綺麗にしてあげたいなあ、
粗末に扱いたくないなあ、という感覚もあったり、

全体的に、妙に深い安心感・・といいますか、

言葉ではうまくいえないような、
エゴの感情なんかは、ひとつ遠くにあるような、
今までの体にべったり張り付いたような感情・感覚がなくなっているような、
淡々とした、
でも、とても心地いい時間、
(それはもうここんところ、ずっとそうなんです。)

そんなひと時を過ごしましてね。


美容師Nちゃんはとても気持ちのいい方で、ほがらかで、
何をしゃべっても笑い飛ばしてくれるような人だから、
髪型よりも、お話の方が楽しくてあっという間に時間が過ぎて、

もちろん新しい髪型もとても気に入ったのですが、

「思った通りになったからの喜び」じゃなくて、

「コントロールを一切手放した先に受け取れる当たり前の喜び」とでもいいますか、

「さらっと、当たり前に受け取っている喜び」

つまり、軽い。
浅い、じゃなく、軽い方の感覚。


実はここ近日中に、
割と対極のような状況になっている何人かと接していたこともあって・・、

「こうでないといけない」とか、
「これを達成するには頑張らないといけない」が口癖だったり、
態度がどこか刺々しかったり、
自分の失敗を認めたがらなかったり、すみませんと言えなかったり、
ありがとうも言えなかったり、
日常的に殺伐としている中に埋もれているからか、
初対面の人にも平気で攻撃的な言葉使いをしていたり、
先々の心配をしすぎて準備することに頭がいってるから、
「今」を楽しめていない状態・・、

言い方を変えたら、
すごくすごく「頑張っている」状態。

だけど・・。

そうやって努力できる力っていうのはすごいなあって素直に思えるんですが、
見ていると、どこかしんどそう・・というのは否めず。

いえ、今までの地球の状態ならそっちのエネルギーが現実を動かし、
形にしてこれたのかもしれない。

そして、もちろん、
その方が選んだ生き方だから、
その方の魂が、この人生では我慢を味わおうと選んだことなら、
それはそれでいいんですが、
「努力(=我慢)したい方々」は、
たいてい周りにも同じような努力や我慢を無意識なりに要求したり、
「わたしはこれだけやってるのに。」と思っていたりしますね。(はっきり言うたなー。)

自分の意に介さない対応や反応をされると、
途端にとても攻撃的になったり・・。
自分をどこか「被害者」にし続けていたり・・。
その悶々として、置き場のない「怒り」を周りに撒き散らしていたり・・・。

と率直に言ってしまうとそういう状態。

それをやんわりでも指摘しようもんなら、
猛然と「そんなことない!」と否定して、
絶対的に受け入れようとしない頑なさもあったりね・・・。

えへへ、これ、以前の私なんですけども。笑
それがしんどいから、やめようってなっていったわけなんですけども・・・たはは。


体にまとわりついているエゴ、
その重いエゴ感情に飲み込まれている状態とは、
こういうことだ。

と思います。


で、一方、
今、わたしの髪を切っていくれている美容師Nちゃんはどうだい、
かわいいよ、ほがらかな笑顔、空気、
またNちゃん家族のみなさんのほがらかさ、空気・・
いいよなあ、やっぱ。
やっぱいいよなあ・・ほのぼの〜♡となってるからか、
眠いの眠いの(笑)
あくびも何回も出るくらいリラックスしきって、

完全に任せきっている状態。笑

そう、それが当たり前「で、ある」状態、
当たり前に「受け取れている」状態、

たとえ仮に、
そこに多少嫌なことがあったとしても淡々と動じず、
そうですかー。とスルーできる状態だなあ・・、
と感じながら帰ってきて、

とあるサイトをみたら、
まさに自分が今感じているような状況のことがズバリ書かれていて、
「あ、間違ってなかったんだ。これでいいんだ。」

とまたまた思いました。
(抽象的でわかりにくくてすみません。)


要約すると(え)

「本来の魂に戻りつつある状態がこれ。」だそうで、

ポイントは
「深い安心感。」だそうです。

そしてそれは、
抵抗せず、受け入れさえすれば誰でも受け取れるもの。


-------------------------------

今まで、いろんな方の話を聞いてきたのですが、

やっぱり2012年冬あたり、
2013年あたりに何か大きな禊のような出来事があって、

徐々にスイッチが切り替わってきた感覚を持っていたりとか、

徐々に視界が広がってきたような感覚を持たれている方が多くて、

今まで「異質」だと思ってきたスピリチュアルな世界が、
まったく「異質」じゃなく、
「普通」「当たり前」に感じるようになった方や、

「常識」だと思ってきた地球的な世界が、逆に異質に見えてきた方、
違和感を感じ始めた方や、

現実世界と精神世界の差がなくなってきた方、
(それはスピリチュアル一辺倒な生き方になった、というわけでは決してない。)

「思ったことがスルスルと現実になっていく」方が、
やっぱり増えているんじゃないかなあ・・と思ったりもしていまして。

共通して感じるのは、
「こだわりがどんどんなくなっていく」ことで。

好き嫌いのこだわり、とは、また違うんです。
この「こだわり」の種類は。

「こうでないとダメだ。」という方の「こだわり」、

「こういう自分でないとダメだ。」という、そっちのようです・・。


こだわりを持てば持つほど、
重く、固く、まとわりついて剥がれにくくなる。
動きが取れなくなっていく。
「今」を楽しめなくなっていく。

逆に、
こだわりがどんどん無くなっていくと、
軽く軽く、身軽になって魂の思うがまま動きやすくなって、
あまり先々のことを心配しすぎず、
今を今として、楽しめて、ポンポンと動ける。
そんな状態。

なにかの目的に向けて努力する、
という古い地球的な感覚だと、
どんどんしんどくなってくるよー、とは数年前に確かに聞いてはいたものの、
実感として、
「ほ、ほんとだぜ、ベイべー。」って思うことが次々ある。

行動は必要だけど、
別にそこに我慢はつきまとわない、我慢はいらない、
むしろ楽しいから自然とやってしまっている。

そっち。なんだぜ、ベイべー。っていう。(なにが)

-------------------------------

先日、書いた「前提」の話もやっぱりその通りらしいですし・・、

ここがどうも大きかったようです。

いやあ、面白いですねえ。いろいろ。

昨年夏からブログでこんなこと書いてきていますけど、
正直言うと、
心のどこかで、
「こんな偉そうなこと書いていいの?」って怖くなることがあるんです。

でも、どうももっと本質のところを突っ込んで書いていっていい・・らしく・・・。
まじで?
と、昨日、湯船に浸かりながら、身震いしました。

え?
そのことも書いていいの?ってこととかさー。(うわー、なんだこれ)


--追記--
「こんな偉そうなこと書いていいの?」って思うこと自体、傲慢ですよねえ。
自分が普通に受け入れているなら、普通にサラッと言えるはずなので。
うん、もうこの壁もいらないな。
サラッといこう。


IMG_0352.jpg

(満月を過ぎた夜だったんですねえ。)


あのですね、
湯船に浸かったり、海とかプールとか、水に浸かっている状態って、
人間の魂が宇宙と交信しやすかったりする状態なんですよ。
感覚を広げて、
魂のままを意識したら、割と誰でもできることなんです。

一度でも自転車に乗れたら、
あとはずっと「乗れる自分」が当たり前なように。

そんなこともこれからもっと書きますです。


------------------------------------------------------

いつも読んでくださってありがとうございます。
下バナー押していただけると励みになります♪
自分にも周りにもJOYを循環させるイメージでポチッとぜひ^^





  1. 2017/05/13(土) 20:10:26|
  2. 思うこと
  3. | コメント:0
次のページ